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まだまだ残っているこの習慣。お中元・お歳暮に関するしきたり

お中元やお歳暮は、以前ほど盛んには贈られなくなってきているようです。それでも、現在でも、時期になればデパートの催事場や通販などではお中元・お歳暮の特設を展開し、それなりの活況を見せている様子。

新たに社会人になった、もしくは家庭をもった、などすると、お中元やお歳暮の送り先も出てくることでしょう。そうでなくでも、もし日頃お世話になっている方が思い当たるなら、こういったものを送ってみてはいかがでしょうか。ご自分、もしくはパートナーの親御さんに、お送りする方もいらっしゃるようです。

現代風のお中元、お歳暮なら、いわゆるギフト品にこだわらず、カジュアルな、またはユニークなプレゼントをするのも一興。なにかのチケットや旅行などの贈り物も、喜ばれるかもしれません。

一方で、従来のかたちのお中元・お歳暮シーンが必要となる場面もあるのでは。そういう方のために、一般的なマナーをここであげておきましょう。

「中元」とは古くは七月十五日のこと。中国の道教での天神様の誕生日の一つでした。その日に供え物をするのが始まりで、それが、同じく七月十五日だった盂蘭盆(お盆)と重なり、お供えをしあったり、近所の人々同士で物品を交わしあったりする習慣と結びついて変化したのが、お世話になった方への挨拶としての「お中元」になったと言われています。

一方お歳暮は、新年に年神様にお供えするものを、本家などに持って行くものだったとされています。それが転じて、本家や家元など、つまり日頃お世話になっている方たちに品物を差し上げるという習慣になったのだとか。

お中元お歳暮ともに、庶民の習慣になったのは江戸時代だそうです。お中元、お歳暮ともに、以前は持参して相手方を訪問するものでしたが、今はほぼ、配達するものとなっているようです。現在の、お贈りする時期としては、お中元は七月初旬から中旬まで。お歳暮は十二月中旬から下旬までの間です。

贈る品については、頭を悩ませるところです。やはり人気は食料品で、当たり外れが少なく、ほぼ確実に消費されて後に残らず、喜ばれるところが好まれているようです。

受取り手の使い勝手を考え、商品券などを贈ることも増え、実際にいただくことを好む人も多いようですが、一方で、金額があからさまにわかるのを嫌う人や、やや殺風景な印象を避けたく思う人もいるようですので、差し上げる相手のことをよく考えて選びましょう。

目上の方に商品券を差し上げる、年配の方に肌着をお贈りするのは失礼にあたるという考え方もあるようですので気をつけておきましょう。

他のしきたりや風習と同じく、お中元やお歳暮にも、その時期などに地域差がありますので、そのあたりのことも周囲に確認しておきましょう。

万一お贈りする時期を逃してしまった時は、お中元の場合は、立秋までは「暑中見舞い」、立秋を過ぎると「残暑見舞い」としてお贈りします。お歳暮の場合は、十二月三十一日に届かないようなら「お年賀」、松の内も過ぎてしまうようなら「寒中御見舞」とするようです。

きちんとできると高評価!押さえておこう、訪問のマナー

近頃はあまり、あらたまった訪問をする機会がなくなりました。行くにしても気をつかわずに訪ねられるところばかり。お客様を迎える方も、堅苦しい作法を相手に求めたくないと思うむきもふえ、また、そもそも作法を知識としない、もともと気になさらない方も増えています。

しかしだからこそ、あらたまった訪問のマナーを知っていることは他と差をつくる絶好のチャンス。いつ、本当にあらたまった訪問をすることになるかわかりません。

それに、気にしなくてもらわなくていいと思っていてもやっぱり、きちんとしたマナーができる人は、それだけで高い評価を得られるというもの。ここで少し、基本的なマナーをおさえておきましょう。

まず、訪問の前には、行き方や所要時間をきちんと確認しておきましょう。当日になって慌てたり、時間に遅れることなどないように、あくまでスマートでエレガントな訪問をめざしましょう。

しかし、時間に遅れないと言っても、早く着きすぎるのもマナー違反。先方も準備に追われていることがありますので、早くても五分前くらいに到着しましょう。

先方の準備が遅れているかもしれないので、三分ほど遅れていくのがよいとする説もありますが、どちらを取るかは相手先によって使い分けましょう。

手土産は前日までに用意すること。当日ではバタバタしてしまいます。訪問先の近所で購入するのも、いかにも間に合わせのような心証を与えるのでNG。持って行くものに関しては、日持ちや数をきちんと考えて。

よくクイズの問題などになりますが、コートはチャイムを押す前に脱いでおくのが正しいマナーです。そして外の埃などを持ち込まないという印として、脱いだコートは裏返し、裏地を表にしてたたんで持ちます。

ここで注意したいのが、これは日本用のマナーだということ。欧米ではコートを脱いで入ってくるのは、ややずかずかと上がり込む印象。コートを着たまま玄関に入り、お脱ぎくださいと促されて脱ぐものです。訪問先のお宅に応じてそのあたりの調整をしましょう。

靴を脱ぐ時は、お宅の中におしりを向けてしまわないように。まず自然に靴を脱ぎ、そのあと、完全に後ろを向かないように少し身体を斜めにして身をかがめ、脱いだ靴をわきによけましょう。

洋室に通されたら、座って待っていたとしても、家の人が来たら立って挨拶。その際手土産は、座る前に渡します。持参の袋からは出して渡すもの。和式の場合は座布団は当てずに家の人を待ちます。

出していただいたものは遠慮なくすべていただきましょう。飲み物のリクエストを聞かれても、気をつかわずにはきはきと返事をする方が、気分がよいし、もてなす方も助かります。

お手伝いなどは、親しい仲でなければ、申し出てもらってもかえって気を遣うもの。また、台所や他の部屋をお客様にお見せしたくない場合があるかもしれません。

気になるようなら一言お手伝いを申し出て、辞退されたら無理に手を出さない方が印象がよいようです。訪問客には訪問客の振舞いが必要、と思って謙虚ながら落ち着いて。

用件が済んだら長居は禁物。早めにおいとましましょう。おもてなしのお礼を行って帰路につきます。コートは玄関の外で着ます。帽子、手袋もそのように。

日本人にはとても重要。お彼岸・お盆のしきたり

故人との繋がりを思い起こす期間が日本には大きく二つあります。「お彼岸」と「お盆」です。この日にはお墓参りをしたり、親戚が集まって会食をし、故人や先祖を偲んだり祭ったりします。

「お彼岸」は春と秋の年二回、巡ってきます。春のお彼岸は、春分の日(三月二十一日頃)を中心とした七日間のこと。秋のお彼岸は秋分の日(九月二十三日頃)を中心とした七日間のことです。

お彼岸の初日を「彼岸の入り」、期間の中心である春分の日や秋分の日のことを「中日(なかび)」、お彼岸の最終日を「彼岸の明け」と言います。お彼岸にはお墓詣りなどをするのが一般的ですが、これは、お彼岸の中日である春分(秋分)の日に、太陽が真東から登って真西に沈むことからきているそうです。

「彼岸」というのは「あちらの世界」のことで、「生死を越えた悟りの世界」のこと。一方、わたしたちがいるこの世界は「此岸」と言います。「彼岸」は西に、「此岸」は東にあると言われており、このため、「真東」と「真西」が結ばれる春分(秋分)の日に、先祖供養をするようになったと言われます。

また、春の種まき、秋の収穫などの農業の節目とも結びつき、祭事が広く行われるようになったという説もあります。お彼岸のお供えにする和菓子は、春は牡丹の花の季節が近いことから「ぼた餅」、秋は萩の花の季節であることから「おはぎ」と呼ばれます。

「お盆」には亡くなった方がそれぞれの家に帰って来ると言われ、それをお迎えしお送りするのがこの期間です。「お盆」については時期、風習などが、地域によって実にさまざまです。一般的な「お盆」の時期としては、八月十三日から十六日がその期間とされます。

十三日が「迎え盆」で、家族揃ってお墓参りに行き、故人をお迎えします。そして、盆提灯に火を入れて、玄関先では迎え火を焚き、霊を家にお迎えするのです。

十四、十五日には家にお坊さんを招いて読経をお願いします。そして十六日には送り火を焚き、故人の霊をまたお送りするのです。

お盆の時期には、盆提灯の用意をします。特に、亡くなって四十九日が過ぎてから初めて迎えるお盆を「新盆」と言いますが、その時には「新盆提灯」を用意することもあるそうです。

これは新盆の年一度限りに使用する提灯で、白木で作られたものが多いようです。新盆が終わると、各家で燃やしたり、菩提寺にお焚き上げをお願いします。以後は一般的な盆提灯を使い、これはお盆が終わると、きれいに片付けて、毎年使用します。

お盆の時期に、キュウリとナスに割り箸を刺して立てているのを見たことはありませんか?あれらは精霊馬(しょうりょううま)と呼ばれ、キュウリは馬、ナスは牛を模したものです。

馬は、お盆の時に、故人の霊が早く帰ってくるように一方で牛は、ゆっくりあの世に戻っていくように、また、お供え物をたくさん持って帰っれるようにとの意味があるそうです。少しでも長く家にいてもらいたい、家族の気持ちがこめられているのですね。

「お盆」が「盂蘭盆」から来ている言葉だというのは有名なようですが、この「盂蘭盆」とはサンスクリット語の「ウランバナ」が由来です。

「盂蘭盆経」というお経の中の、釈迦の弟子が、餓鬼道(地獄の一種)に落ちている母親に食べ物を送るために、七月十五日に僧侶に広く食事をふるまい、その功徳によって母親の口にも食べ物が入ったという話から、その日に先祖供養をすることになった、と言われています。


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子供はみんな楽しみにしてる。桃の節句、端午の節句のしきたり

子供のお祭りといえば、三月三日の「ひな祭り」と五月五日の「こどもの日(端午の節句)」ですよね。どちらも毎年さまざまなイベントなどが行われ、楽しくお祝いをされているようですが、これらは両方とも、ももともとは日本にあった「五節句」のうちのひとつなのです。

「ひな祭り」は以前は「上巳(じょうし)」の節句と呼ばれ、旧暦三月三日に行われていました。その自分にはちょうど桃の花が咲くため、「桃の節句」と呼ばれており、現在でもその名が受け継がれています。

「上巳の節句」は、昔は、貴族のこどもたちが、御所に似せた御殿や飾りつけなどで遊び、健康を祈願したり厄除けをはかったりしたものだそうです。それが武家に伝わり江戸時代には庶民の行事となりました。

厄除けの部分は、紙の小さな人形である「形代」に穢れを移してその「形代」を川や海に流すという行事となり、それが現在でも「流し雛」の風習として残っています。現在のようなひな人形のかたちが整ったのも江戸時代から。

ひな祭りに「白酒」を飲むことは江戸時代から広まったようですが、これは以前に、「上巳の節句」では、桃の花をひたしたお酒を飲んでいたことによるもののようです。

「端午の節句」も「五節句」のひとつです。こちらは「菖蒲の節句」とも呼ばれます。「端午の節句」には菖蒲を湯船に入れた「菖蒲湯」に浸かることも行事のひとつとなっています。

「菖蒲湯」に入ると、来る夏を元気に過ごすことができると言われていますが、薬草である菖蒲を入れたお風呂には薬効効果もあるため、お節句には身体にいい「菖蒲湯」に入るという習慣が根付いたものかもしれません。また、菖蒲湯のいい香りにも、心身に良い効果があることが確かめられています。

「桃の節句」も「端午の節句」も、昔は男女の別なく節句とされていたのですが、のちに、人形に関わる「桃の節句」は女の子のものとされ、「菖蒲」が「尚武」と同じ音であることから、「端午の節句」は男の子のものとされたようです。

「端午の節句」に鯉のぼりを立てるのは、鯉が滝をのぼりきり竜になることができたという故事「鯉の滝登り」にちなんだ、男の子の出世を願ったもの。この日に「柏餅」を食べるのは、柏の葉が、新らしい葉が育つまで古い葉が落ちないことから「家系が途絶えない」ことの象徴とされ、めでたがられたからだとか。

「菖蒲」を「尚武」にかけて男の子の節句としたのがもともと武士階級だったことを反映してか、「端午の節句」の風習は、武士階級の思想を反映したものが多いようですね。

「武者人形」や「鎧兜」を飾るのもその流れでしょう。昔は本当に、「鎧」や「兜」の実物を飾っていたようですが、実は虫干しも兼ねていたという説もあります。

現在の五月五日は「こどもの日」として、祝日としては男女の別のないものとして制定されています。「祝日法」によればこの日は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことが趣旨であるそうです。

実際は「母に感謝する」日は、そのあとの五月の第二日曜(日本の場合)とされている「母の日」に持ち越されているように見受けられます。