意外と知らない日本のしきたり。突然必要になるものなんです!

日本のしきたりや風習のことなんて、学生の頃まではそんなに知らずに済ませていられたかもしれません。

何かあっても大抵は親御さんが対応してくれてたし、自らそんな知識が必要になることなんてほとんどなかったんじゃないでしょうか。

特に興味がなければ知らないままでも何の問題もなく過ごしてこられたかも。

でも、社会人になったり、結婚をして家庭を持ったりすると、いろんな場面でやっぱり必要となってくるのが「しきたり」や「風習」についての知識です。

つまり、一人前の「社会」人として生活するためには、知らないままではやっていけないのがしきたりというものなのですね。

自分の結婚、人様の結婚式への出席、出産、子育て、出産へのお祝い、などなど、「しきたり」の知識が必要になる場面が次々と出てきます。

そこはひとつひとつ、きちんとクリアしてこそ、「大人」というもの。

そんな堅苦しいこと、気にしなくても大丈夫・・・と思いますか?

確かに最近は、周りも何も言わないかもしれませんが、内心「非常識」と思われていたり、「あそこはちょっと・・・」なんて、知らないところで評価を下げられていないとも限りませんよ。

あるいは知らないばかりに「失礼」にあたってしまい、大変申し訳ないことになってしまうかも。

知らないよりも知っておく、やれないよりもきちんとできる、その方が、絶対に良い結果になるのが「しきたり」についての知識なのです。

知っておくと断然有利。人の知らないことを知っておいて、差をつけよう!

また、季節やしきたり、行事などについて、人よりちょっと多く知っておくというのは、自分に付加価値を与えることになります。

何かの折りにあなたの知識を披露できたり、みんなが悩んでいる時にさっと行動できる、助言してあげられる、などすれば、必ず周りの印象に残るはず。

目上の人、立場が上の人たちから見ても、「こいつ、判ってるな」「ものを知ってるな」「ちゃんとしてるな」などと思われて、一目置かれる可能性もあります。

「できる」人たちほど、季節や行事、古来のしきたりなどについての知識を豊富に持っている傾向にあるので、相手が同じような知識をちゃんともっていると、高く評価してもらえるようです。

何かとカジュアルになっているこの頃、まわりが持っていない知識を持っているということは、大きなチャンス。知っておくに越したことはありません。

それがひいては職場、親戚づきあい、地域社会などでのあなたの評判を、至ってよくすることにも必ず繋がります。

また、少し知識を持つことで、毎日の生活がぐっとうるおい豊かなものにもなるでしょう。

季節に関するちょっとした知識があれば、暦の移り変わりにも敏感になれる。行事や節句についての知識があれば、それらを取り入れて、生活を楽しくすることができる。

そういった、日々を大切に生きていく姿勢が、心の安定や、あたたかい家庭を育んでいくものなのです。

知って、生かせば、なにかといいことづくめのこういった知識、身につけておいてけしてソンはありません。

ぜひ、今から、必要に応じまたは楽しんで、知識を生かした生活を送ってみてくださいね。

せっかく行くのならきちんとお参りしよう、お寺でのしきたり

旅先で、その土地のお寺を訪ねる機会は少なくはないのではないかと思います。また、近所のお寺や、通りすがりのお寺にでも、ちょっとご挨拶をする習慣のある人もいるかもしれません。

せっかく仏様にお参りするのでしたら、「正しく」お参りして、仏様にも喜んでいただきましょう。それが仏様とのご縁を繋ぐ、一番の近道になるのではないでしょうか。

お寺にお参りする時は、まずは、寺院の入り口にある「山門」で一礼して入ります。次は御手洗(みたらし)で手と口を浄めます。水が張ってあり、柄杓が用意してある場所ですが、そこでの浄め方は神社の場合と同じです。

まず右手で柄杓を持って左手を清め、次は左手で柄杓を持って右手を浄める。最後に右手で柄杓を持って左手に水を取りそれで口をすすぐと、使った柄杓の柄は、柄杓を縦にして、残った水を柄に伝わせてきれいにします。

鐘はつける場合はつかせていただきましょう。しかしこれは、一般の参拝者はつけないこともあるので、それはお寺の決まりに従いましょう。

◯燭やお線香が準備されている場合は、献灯、献香を行います。所定のお金をお納めして◯燭やお線香を取り、火をつけて燭台と香炉へ。しかし、火災を予防するために、献灯などをお断りしている寺院もあります。

本殿に向かい、お賽銭をお納めします。これも神社と同じ、投げ入れたりはせず静かに納めます。帽子は取っておきましょう。できれば数珠を持参し、手にかけておくとよいでしょう。

鰐口などが置いてあれば鳴らして、頭を下げ、お参りをします。神社とは違い、柏手はうちません。何か唱えなくてはいけないというわけではなく、静かにお参りをすればよいのですが、できるようなら、ご本尊の真言、名号、題目などを唱えましょう。

真言とは「仏の言葉」のことで、仏様ごとに決まっています。名号は仏、菩薩の称号のことで、たとえば「六字名号」と言えば「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」です。題目は「南無妙法蓮華経」の文句のことです。

唱えるべき言葉はご本尊である仏様によって違います。言葉が書いて掲げてある場合もありますので、それを目にしたらなるべく唱えるようにしましょう。お参りを終えたら、軽く一礼して下がるようにします。

お寺や神社にお参りしたあとは、ご朱印をいただくことができます。本来は納経をした証にいただくものですが、最近はそれにこだわらなくなりました。持参の朱印帳にご朱印を押していただくものですが、いただく際には一定の料金をお納めします。

朱印帳は仏具屋さんなどでも手に入りますし、お寺や神社の周辺でも販売していることが多いようです。なお、「納経」とは本来、本尊の前でお経を唱えながら写経をし、それをお納めするものです。その過程を経ずにご朱印をいただく場合は、それに匹敵する心構えで敬虔にお参りをしましょう。

また、朱印帳にもこれといった決まりがあるわけではありませんが、失礼にあたらないように、きちんとしたものを整えましょう。寺社によっては、オリジナルのご朱印帳を用意しているところもあるようです。

正しくお参りしてご利益アップ!?神社でのしきたり

初詣を始めとして、神社に詣る日は何度かあるでしょう。また、観光としてその土地を訪れ、有名な神社にお参りすることもあるでしょうし、あるいは地元の神社にふと立ち寄ることもあるかもしれません。あるいは通勤時や近所の神社で、手を合わせるのを日課にしている人も時折見掛けます。

神社は神様のいらっしゃるところ。そこで日頃の感謝の気持ちを述べるとともに、お願いごとをするのであれば、「正しい」お詣りをしたいものです。そうであってこそ、神様にも喜んでいただけ、より神様とのご縁が深くなるというものでしょう。

ここではごく一般的な、神様へのお参りに仕方をご紹介しようと思います。神社に詣る時はまず鳥居をくぐりますが、ここで一礼して入りましょう。参道は、真ん中を歩かないようにしましょう。参道の真ん中は「神様の通るところ」とされています。

神前に出る時は本来「禊(みそぎ)」をして身を浄めるものなのですが、実際はそれも難しいので、そのために手水舍(てみずや)で手と口を浄めます。本殿に入る前に、お水が溜めてあり、柄杓が並べてある場所がありますがそこが「手水舍」です。

浄め方にも順番があり、最初は右手で柄杓を持って左手を洗います。次は左手に柄杓を持って右手を洗います。また右手に柄杓を持って左手に水をため、それで口をすすいだあと、柄杓を縦にして、柄杓に残ったお水を柄杓の柄に伝わせて洗い、戻します。口をすすぐ時にくれぐれも柄杓に直接口をつけないで下さいね。

本殿の前に立ったらまずは軽く一礼。そのあとお賽銭を入れ、鈴を鳴らします。この順序を逆にしている説もあり、このあたりは比較的厳密な決まりはないようです。お賽銭は投げたりせず、丁寧に入れましょう。

また、鈴を鳴らすのは神様に、ここにおりますとお知らせするため。あんまりがんがん鳴らすのは考えものですが、はっきりお知らせできるように力強く鳴らしましょう。

お参りの方法は、一般的には「二礼二柏手一礼」です。二回深くお辞儀をし、二回柏手(かしわで)をうって、手を合わせてお祈りをします。そのあと一度深くお辞儀をして、参拝を終えます。

このお参りの仕方は神社ごとに異なる場合があります。本殿のそばに但し書きやお参りに仕方を掲げてあることがあるので、注意しておきましょう。有名なところでは、出雲大社は「二礼四柏手一礼」でお参りします。

おみくじを引いたあと、必ずくくりつけて帰る人がいますが、おみくじをくくるのは厄を祓うため。よいおみくじを引いた時には結んでくる必要はありません。

また、間違っても神社の木にくくりつけたりしないように!木を痛めてしまいます。くくる場合は、必ずそのための設備がありますので、そこに結びましょう。神域の(だけに限りませんが)木を痛めるような人のお願いごとが叶えていただけるはずはありませんね。

おみくじは神様からのメッセージ。意に添わないものが出たからと言って何回も引き直すのはよくありません。それはそれとしてちゃんと受け止め、生かしていけばよいものです。

また、神社ではあまり騒がずあくまで静かに。何と言っても神様のいらっしゃる場所ですので、我が物顔の振舞いは避け、謙虚にお参りしましょう。

睦月、如月・・・月の旧名、12か月全部言えますか

一月、二月と月の名前に、「和風月名」というものがあるのをご存知でしょうか。「和風月名」という言葉は知らなくても、「弥生」や「皐月」という言葉にはなじみがあることでしょう。

十二ヶ月の月の名前には、旧暦での呼び方、昔の呼び方が存在し、現在でもそれは場面に応じて使用されています。文学始め、古典に限らず、本を読んでいれば出て来る言葉かもしれませんし、人の名前になっていることもあります。

こうした呼び名をすらすらと言えるようになっているのも、日本人のたしなみでしょう。また、海外の方に日本のことを話す時の材料にもなります。

「和風月名」は、一月から順に、「睦月」「如月」「弥生」「卯月」「皐月」「水無月」「文月」「葉月」「長月」「神無月」「霜月」「師走」といいます。そのそれぞれに、言葉の意味というものが伝わっています。

「睦月」は人が集まり、睦み合う(親しくする)というもの。お正月などに親類縁者やお付き合いのある方々が集うことからも来ているという説もあります。「如月」は「衣更着」から来ているとも言われ、衣(きぬ)を更に着るほど寒いという意味だとか。

「弥生」は「いやおい」から変化したもの。「いや」は「ますます」「その上に」の意味、「おい」は「生い茂る」の意味で、草木が芽吹き、ますます生い茂るようになる月という意味です。

「卯月」は「卯の花」が咲く頃であるためそう名付けられたと言われています。「皐月」は「早苗を植える月」から「さつき」になったと言われています。また、耕作のことを指す「さ」という古い言葉から「さつき」なったともされ、どちらにせよ稲作と深い関わりがあります。

「水無月」は「水の無い月」ではなくむしろその反対で、「水の月」という意味。古くは「の」と同じ意味で「な」を使っていたので、そう呼ばれていたとされています。田んぼに水を引く時期である頃から、「水の月」と称されるようになったようです。

「文月」は「ふづき」とも「ふみづき」とも読まれます。七夕に、短冊に字を書いて書道が上手くなるようにと願っていたことにちなみ、「文披月(ふみひらきづき)」と呼ばれていたことから来ているそうです。

他にも、七夕には書を風に当てて干す風習があったためとも、また、稲穂のふくらみを見る「穂見月(ほみづき)」から来ているとも言われています。

「葉月」は「葉の落ちる月」から来ているという説(旧暦の八月は新暦の九月上旬に当たるため)、稲の穂が張る月である「穂張り月」から来ている説などがあります。「長月」は「夜がだんだん長くなる」という「夜長月」の意味であると言われます。

「神無月」は「水無月」とおなじく「神の月」の意味とする説がありますが、その他に有名なものが、この月には日本中の神様が出雲に集まるため「神無月」と言われるようになったという説です。このため、出雲地方だけは、十月を「神有月」「神在月(かみありづき)」と言うそうです。

「霜月」は「霜降り月」。霜が降りるようになる月のこと。「師走」は、「師(お坊さん)」が走る月とされ、お経をあげる為にあちこちを走る回るとする説や、普段けして慌てたり走ったりしないお坊さんでさえ走り出すほど慌ただしい月であるから、とする説などがあります。

赤ちゃんができたら知っておこう、妊娠・出産についてのしきたり

お母さんのお腹に赤ちゃんが宿った、と知った時から、大事にすくすく育って無事に生まれ、それからは健やかな成長、しあわせな一生を願う・・・尽きない愛情と望みと祈りの日々が続きます。

そんな周囲の思いを表すように、妊娠、出産にはさまざまな行事やしきたりが存在します。あまりしきたりなどには気を遣わなくなった現代ですが、ひとつひとつの行事を大切にこなしていくということが、いとしい存在をみんなで大事に育むという気持ちの、表現となるのかもしれません。

ここでは、そんな、お祈りのような行事やしきたりについて、少し取り上げてみたいと思います。まずは妊娠五ヶ月目の「戌の日」に「帯祝い」を行います。この日には妊婦さんが「岩田帯」と呼ばれる腹帯を巻いて、安産をお祈りします。戌は安産多産なので、それにあやかり「戌の日」にこの行事を行うようになったとか。

「岩田帯」は妊婦さんの実家が贈るもの、とされていましたが、最近はそれほどこだわりません。また、帯であることにもこだわらず、ガードルやコルセットのような、動きやすいものを選ぶ人も増えているようです。

これは「戌の日にちなみ」というだけでなく、実際にその時期に腹帯をするというのは、赤ちゃんの位置を安定させて発育を助けるのに役に立つのだそうです。

出産を待つ間に安産祈願の神社に参ったり、またはそうした神社のお守りなどを贈ったりするのはよくあることですね。安産祈願の神社は日本中にたくさんあります。インターネットで調べればすぐにお近くの神社や有名神社を探すことができます。

さて無事に赤ちゃんが生まれたら今度は「お七夜」です。赤ちゃんがうまれてから七日目のことで、この日に命名式をすることが多いようです。昔は生まれてすぐの赤ちゃんが必ずしも育ちきるとは限らず、生後七日が経てばまずは一安心と見なされて、この頃お祝いをしたもののようです。

以前は産後一か月を目処に「床上げ」と言って、それ以降、出産を終えたお母さんも徐々に家事仕事などに復帰するとされていましたが、現在では特に「床上げ」にはこだわらず、医師の助言などに基づいて、徐々に通常生活に戻していきます。

へその緒は、最近は病院で片付けられてしまうことが多いようですが、希望するようでしたら看護士さんなどにお願いしておきましょう。赤ちゃんがおなかにいる時からはえている髪の毛(胎毛)を使って、筆を作り、それを大切にしておく風習もあります。

生後百日頃に「お食い初め」をします。これは、赤ちゃんが一生食べ物に困らないように、と、赤ちゃんにお箸でものを食べさせる真似をする儀式です。

そして生まれて一年が経った「初誕生日」には「選び取り」の儀式をするところもあります。赤ちゃんの前にそろばん、筆、お財布などを並べ、どれを選んだかで、その子供の才能や将来を占うものです。

最近では伝統的な「筆」などの他に、サッカーや野球のボール、辞書などさまざまなものを置いて、将来を占ったり、才能が開くのを祈ったりするようです。

生まれて初めての「桃の節句」や「端午の節句」を「初節句」として迎え、三歳になると、十一月には「七五三」のお参りに神社に詣でます。